2023年05月29日

研究開発

悪臭の感じ方が香りと混ぜたときに変化するメカニズムを解明

エステー株式会社は、国立大学法人東京農工大学との共同研究で、硫化水素やメチルメルカプタンなどの揮発性硫黄化合物に応答するヒトの嗅覚受容体および、その応答を抑制する香料物質の探索を行いました。さらに、応答抑制香料を用いることによりヒトの嗅覚における揮発性硫黄化合物の感じ方が抑制されることを明らかにしました。

ヒトを含む哺乳類は、ニオイのセンサーである嗅上皮が鼻腔の上部に存在しています。さらに嗅上皮には、ニオイを受容するための嗅覚受容体が発現した嗅神経細胞が存在しています。ニオイ分子が嗅覚受容体に受容され、嗅神経細胞内外にイオンの流入が生じ、発生した電位差が電気信号として軸索を介して脳の嗅球へと伝えられることにより、ニオイは知覚されています。嗅球に伝達されたニオイの情報は、さらに高次の中枢へと伝えられ、ニオイの識別、認知、記憶など様々な反応を引き起こします。

これまで、ニオイ知覚の機構は明らかにされていたものの、複合臭の知覚に関する詳細は明らかにされていませんでした。例えば、靴下臭として有名な“イソ吉草酸”とバニラの香りの“バニリン”を同時に嗅ぐとチョコレートの香りに感じることが知られていますが、これは嗅覚受容体の拮抗的な相互作用により変化しているのか、脳の高次領域による処理により変化しているか分かっておりませんでした。

本共同研究では、硫化水素やメチルメルカプタンなどの揮発性硫黄化合物がヒトの嗅覚受容体の「OR2T11」に応答し、その応答をβ-イオノンなどの香料物質が抑制することを明らかにしました。また、β-イオノンと応答抑制効果をもたない香料(Iso E super)を比較して、β-イオノンの方がメチルメルカプタンの知覚を有意に抑制することを示しました。

さらに、専用の器具を用いて左右の外鼻腔から異なる気体を吸引し、知覚の変化を確認しました。メチルメルカプタンとβ-イオノンを予め混合して吸引した場合は、メチルメルカプタンを右鼻腔からβ-イオノンを左鼻腔から別々に吸引した場合よりもメチルメルカプタンの知覚が抑制されることを確認しました(図1)。この結果は、嗅上皮上に存在する嗅覚受容体に対して、悪臭分子と拮抗的相互作用を有する分子を併せて曝露させることにより、知覚が変化することを示しました。

本研究は、不快なニオイを受容する嗅覚受容体の応答を効率的に抑制することにより、弱い香りでも高い消臭効果をもつ香料開発などに繋げることが期待されます。当社は、今後さらなる研究を進めていき、家庭や様々な空間における空気の課題を解決することで、社会に貢献していきたいと考えています。

<嗅覚受容体の応答と知覚の関係の模式図>

(図1)

①メチルメルカプタンを受容する嗅覚受容体が応答し、不快臭を知覚。
②香料などの良い香りを嗅いだときは、それらを受容する受容体が応答し、快臭を知覚。
③左右の鼻から別々にメチルメルカプタンと応答抑制香料を吸引した場合は、不快臭を感じる。
④メチルメルカプタンと応答抑制香料を混合してから吸引した場合は、不快感が緩和される。

なお、本研究成果はCurrent biology(5月22日付)に掲載されました。
論文:Antagonistic interactions between odorants alter human odor perception
URL:https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(23)00554-7